以前のブログでも説明した人身傷害保険について,もう少し詳細に説明したいと思います。
1 被害者が人身傷害保険をどのように使うか
人身傷害保険は,被害者が被る損害に対して支払われる傷害保険金として,被害者が被る実損をその過失の有無,割合にかかわらず塡補する保険金といえます。
人身傷害保険は被害者が加入している保険です。
被害者に一定の過失割合があり,かつ,人身傷害保険への加入がある場合,被害者は,加害者への賠償請求及び自身の人身傷害保険への保険金請求の両方ができることになります。
被害者が人身傷害保険に関与する場合,①加害者に賠償請求をした後,人身傷害保険へ保険金請求をする方法(賠償先行),②人身傷害保険金を受け取った後,加害者に賠償請求をする方法(人傷先行)があります。
①の賠償先行の場合,人身傷害保険から支払われる保険金額は,人身傷害保険約款に定める「お支払いする保険金」等の規定により決定されることになります。
②の人傷先行の場合,加害者への賠償請求において,人身傷害保険金のうちどの範囲を既払額として処理すべきかが問題になります。
この問題は,人身傷害保険会社の代位の範囲と裏表の関係にあるため,裁判例では,保険約款に定める「代位」の規定の解釈論として判断がされ,代位の範囲の結果として,既払金の範囲が決まることになります。
被害者が人身傷害保険を請求する場合のリーディングケースとして,最判平成24年2月20日民集66巻2号742頁があります。
2 最判平成24年2月20日民集66巻2号742頁について
人身傷害保険の保険金を支払った保険会社の代位の範囲について,最判平成24年2月20日民集66巻2号742頁は,訴訟基準差額説(訴訟で認定された被害者の過失割合に対応する損害額を既払の人身傷害保険金額が上回る場合に限り,その上回る額についてのみ,被害者の加害者に対する損害賠償請求権を代位取得するという考え方)を採用しています。
これは,あくまで②の人身先行の事案ですので,①の賠償先行の事案にはあてはまりません。
この考え方を確認したのが,①の賠償先行について判旨した大阪高判平成24年6月7日判タ1389号259頁です。
3 現在の人身傷害保険の約款規定について
最判平成24年2月20日民集66巻2号742頁の判断が出た以降,多くの保険会社が人身傷害保険の保険約款を改定し,訴訟基準差額説を前提にした規定に改めています。
ただし,人身傷害保険の保険金請求については,保険約款に基づいて請求します。
そのため,最判平成24年2月20日判決が採用した訴訟基準差額説が,保険約款上訴訟基準差額説を採用していない場合にも適用されるかどうかについては,裁判例でも判断が分かれるところですから,今後も裁判例を注視する必要があります。
特に,東京地裁や名古屋地裁,大阪地裁など交通事故を集中的に扱う専門部がある裁判所の裁判例は,実務への影響も大きいため,目が離せません。